自分の意見にとらわれるな

 本題とはそれますが、本日サイボウズの青野慶久さんと対談をしました。緊張しましたが楽しすぎました。自分はやっぱり質問下手だと感じつつ、本当にいろんな気づきを頂きました。

 後日、サイボウズ式でお披露目されると思いますので、今回は私は触れずにおこうと思います。楽しみに待っていて下さい。

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 本日の本題に入ります。ちなみに対談に向かう行きの新幹線で書き、帰りの新幹線で補足し、家でちょっと飲みながら修正しております。 

 講演の最初に必ずいうことがあります。

 『今から私は思っている事を嘘偽りなく話します。けれど、明日以降も同じことを言っているとは限りません。』

 なんて無責任だと思うでしょうか。でも自分の発言に責任を持つ必要はありますが、とらわれる必要は全くないと思うのです。というよりも、生きていく中で考えが変わることの方が自然なきがします。

 もし私が昔の投稿や記事と違うことを言っていたら、武藤は嘘つきだと怒るのではなく、この間に何があったんだろう、どんな経緯で考えが変わったのだろうと逆に楽しんで欲しいとすら思っております。
 
 ですから私は何か閃いた時『この前あんなこと言っちゃったしなあ』とか『あの発言と辻褄が合わなくなるなあ』などと、せっかくの考えを潰すようなことはしません。そして何より従業員からの声を潰すようなことがあってはなりません。

 今考えている範囲内では辻褄が合わなくても、長いスパン広い視野でみた時、実はそこには関連があったなんて事も少なくないと思います。今の自分が考えられる範囲なんて狭すぎるのです。

 ただ、これまでの発言が間違っていたのであれば真摯に受け止め、必要があれば謝罪もするし、訂正をします。人に悪意をもって貶めようとしているわけではありませんから、もうそれで十分ではなないでしょうか。

 そのくらい気楽に考えた方が、自分らしい生き方ができるし、いろんな閃きも生まれやすいと思います。そんな自分はきっと、周りの人に優しくなったり、親切になれたりする気もします。

 『周りの意見にとらわれるな』はよく聞きます。でもその前に自分の意見にとらわれていないか、今一度考えてみるのもいいかもしれません。

 本日の対談がサイボウズ式で公開されるとき、もしかしたら考え方が変わっているかもしれません。今回の投稿をふまえると、いろんな意味で公開が楽しみになってきませんか。ようするにこれ、どう転んでも楽しいのです。前向きにとらえすぎでしょうか。

パプアニューギニア海産・工場長 武藤北斗

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