『話があるので時間を取ってください』と声をかけてもらえば、面談をするシステムになっています。私語をしてよい作業中や、短かければ帰り際などに話してもらってもよいのですが。
定期的な一斉個人面談もしていましたが、今年は忙しくてできていないのが現状です。でもその分『時間をとってください』という従業員にはとことん時間を作って話をしています。
そんなパプアニューギニア海産ですが、意見を全然言わないパートさんもいます。一斉に個人面談をやる時でさえ『私は特に問題は感じていません』といった具合です。
7年前、働き方の改革を始めた頃の私は『意見を聞く場を設けているのに、なぜ何も言わないんだろう』と不思議に思ったり、時には腹立たしく感じていることさえありました。
しかし数年経って気づいたのです。
意見を言わないパートさんというのは、『自分は意見はありません』という意見なのだと。それなのに私は『自分が意見を聞く場を設けている』という、今考えれば上から目線で意見することを強要していたように思います。
更にしかし、そこから数年たった、今から数年前、また考え始めました。
『自分は意見はありません』は本心なのだろうかと。もしかすると私が言いにくい雰囲気や重圧をかけているかもしれない。そんな気持ちになってきました。
ちなみに私は、不満のない、問題を感じない職場なんてこの世に存在しないと思っています。まあこれも人それぞれですから、本当に無いひともいるかもしれませんね。
どちらにしても、工場長として今の私がしなければならないのは、『意見はありません』で納得するのではなく、その人たちでさえ、些細なことでも何か思ったことをポッと口に出してしまうような雰囲気やシステムを作ることではと思っています。強要でなく、自然とぽろっと。
そうやって何とか意見を聞きたいと思っているし、言わないことも悪いことではないと気づいた私ですが、ただ、聞く気のない意見が一つだけあります。
それは、『私は意見はありません』と言いながら、陰でコソコソと何か言っている場合です。
人間ですから会社や人に対して愚痴などあるのはわかります。あの人があーだこーだという細かいことも含めて、工場の責任者に話してほしいと思っています。それは、ただ愚痴や文句を言ってガス抜きをするということではなく、そのことが争いに繋がらないためにどうすればいいのか、更に深いことでいえば、良いところも悪いところもある人間同士をどう捉えていくかを一緒に考えるためです。
リーダーや責任者が意見を聞くというのは当然のことで、その先の先まで意識を持っていくことが本当に大切だと感じます。私ができているわけではありませんが、気づけたのはよかったです。
パプアニューギニア海産・工場長 武藤北斗
*この投稿は2020年11月にnoteに投稿したものです